僕の日常の大半は「教える」「教わる」で構成されています。
マーケティング、経営戦略、論理的思考を教える。その夜にキックボクシングや柔術を教わる。時々、お魚のさばきかたを教わるなどです。
最近感じたのは、教えたり教わったりする過程で、「日本語としてわかること」と「その意味が本当にわかること」の間には相当大きな溝があるなということです。
キックボクシングを教わっているシーンでの出来事です。ミドルキック(空手で言う中段回し蹴り)を蹴る際には、軸足のかかとが相手を向くぐらいまで軸足をグルッと回転することが大事だと最初に教わりました。1年半前のことです。
でも実際にやってみると、初心者にとっては相当違和感のある不自然な動きなのです。なのでその後の約1年半、このことは知ってはいたものの、あまり気にせずに過ごしてきました。それでも十分強い蹴りが出来ていると勘違いしていたのです。そして先日久しぶりに初心者コースに出て再び「何がなんでも軸足を回せ!」と言われて、心がけて蹴ってみました。感想は・・・
「おおお。全然違う!軸足を回すことってこんなに大事なんだ!!!」と思いました。
軸足を回す重要性は、日本語としては最初からわかっていた。でもその意味が本当にわかったのは1週間前なのです。
「日本語としてわかること」と「その意味が本当にわかること」
「教える」「教わる」の両場面でこの溝を出来るだけ早く解消するコツをこれから考え、実践してゆきたいと思います。でもこれは永遠のテーマかもしれませんね。
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